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まさに「歴史を変える作品」となった。予想どおりとはいえ、第76回 エミー賞 にて22部門で最多25ノミネーションを果たした「SHOGUN 将軍」(以下、「将軍」)は、ハリウッドにおける日本の物語、および日本の俳優のポテンシャルを改めて認識させることになった。9月15日(現地時間)、ロサンゼルスのピーコック・シアターで開催された授賞式で、ドラマシリーズ部門の作品賞や主演男優賞( 真田広之 )、主演女優賞( アンナ・サワイ )など、主要部門で受賞を果たした。 もちろん過去にも、同じ原作から生まれた1980年放映のドラマシリーズ「将軍 SHOGUN」(エミー賞のミニシリーズ部門で作品賞・衣装デザイン賞受賞。俳優3部門でノミネート)や、『ラスト サムライ』(2003)、『硫黄島からの手紙』(2006)、『バベル』(2006)のように、 アカデミー賞 に絡んだ 映画 の例はあった。しかし、ここ数年、ハリウッドにおける アジア 系の躍進という追い風もあって、今回の「将軍」は堂々たる“本命”作品に君臨した感もある。 映画では、2023年、中国系アメリカ人一家を主人公にした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がアカデミー賞で作品賞を受賞。ドラマでも2022年、 韓国 の「イカゲーム」がエミー賞で主演男優賞や監督賞に輝き、韓国系アメリカ人監督でメインキャストもアジア系の「BEEF/ビーフ」が前回のエミー賞で8冠という快挙を成し遂げた。 日本に関連した作品に限定しても、1990年代末の東京を舞台に刑事と暴力団、アメリカ人ジャーナリストの攻防を描いた「TOKYO VICE」が2022年にシーズン1、2024年にシーズン2が製作され、近未来の京都で展開する「サニー」では、主人公はアメリカ人女性ながら、夫役の西島秀俊をはじめ日本人キャストがメインを占める。「将軍」は ディズニープラス 、「TOKYO VICE」はHBO MAX、「サニー」は Apple TV+ と、配信大手がこぞってアメリカ製作の日本絡みのドラマを届け、好評を得る流れは、もはや日常となった。 舞台は戦国時代の日本。全編カナダで撮影された「SHOGUN 将軍」 とはいえ、「将軍」がここまで傑作だと賞賛され、熱い支持を集めることを、多くの人が予想しなかったのではないだろうか。アメリカの映画・ドラマ批評サイト「Rotten Tomatoes」で、「将軍」は、批評家の99%、一般視聴者の91%から、フレッシュ(肯定・推薦)という異例の高い数字を獲得(7/18時点)。アメリカの大手スタジオであるFXが、日本の時代劇を製作するというチャレンジが、新鮮な驚きを与えたのは確かだろう。 しかし、これまで“海外目線で描く日本”の作品は、日本人が観ると多くの面で「なんかおかしい」という表現が多発していたのも事実。ゲイシャ、ニンジャといった要素が不必要に出てくるのが、いい例だ。その作品を傷つけたくないのであえてタイトルを挙げるのは避けるが、ただそんな「変な日本」を、われわれも楽しんでいたりもした。海外の観客や視聴者には、過剰な表現の方が受けるだろう...

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と許容もした。 「将軍」の場合、1980年のドラマでも思いのほか「変な日本」の描写は少なかった。多くのシーンが日本で撮影され、時代考証は日本側のスタッフが担当。美術も大映京都撮影所が手がけた。日本の時代劇の伝統が作品に寄与したのである。一方、今回の2024年版は、カナダのバンクーバーのセット、および周辺のロケ地で撮影が行われた。今から600年以上前の戦国時代の日本を、すべて一から作り上げるアプローチが、どのような映像に結実するのか。そこは観る前から、期待と不安が入り混じっていた人も多いはずだ。 ニュージーランドで19世紀の日本の村や戦闘が再現された『ラスト サムライ』は、日本でのロケや、ハリウッドのスタジオのセットでも撮影が行われ、リアリティが追求された。「将軍」の場合は、すべてカナダ。結果的に日本の時代劇に親しんだ人が観ても、違和感が最小限にとどまったことは、ある意味、うれしいサプライズではなかったか。少なくとも製作側の念入りかつ誠実なスタンスが、画面の隅々に満ちていることに喜びをおぼえる。そこに大きく貢献したのが、 真田広之 なのは言うまでもない。 成功の立役者、真田広之 「将軍」の製作が本格的にスタートしたのは2018年だが、真田広之はその数年前から打診を受けていたという。つまり約10年もかけたプロジェクトだった。当初、真田は主人公の吉井虎永(徳川家康がモデルとなった武将)をオファーされただけだったが、そこから2〜3年の空白期間を経て、プロデューサーとしても関わってほしいと依頼される。その時点で彼は「日本人が観てもおかしくない日本を描くうえで最高のチャンス」と確信できたようだ。 ハリウッドに渡ってから20年以上。真田広之は、俳優として参加した現場でも、日本に関する描写に違和感があればアドバイスをするという立場になっていた。プロデューサーとして大きな責任を与えられた「将軍」では、その能力をフルに発揮。自身の伝手も利用し、数多くの時代劇のエキスパートたちを「将軍」に集め、“本物”を目指した。 撮影が始まってからも真田は自ら衣装や小道具、セットを綿密にチェックし、俳優たちには所作や殺陣を指導。エキストラの動きまで確認した後、自身のトレーラーで衣装やカツラを着けて俳優モードに切り替わる。そんな真田の過酷な日々を目の当たりにした共演者たちは、絶対に手を抜けないという覚悟で取り組んだ。 アンナ・サワイ や 浅野忠信 も、真田へのリスペクトを素直に吐露。その結果、時代劇としての正統性だけでなく、一本の作品としてドラマティックな仕上がりに到達したのである。 ただ、「将軍」の原作はイギリスの作家、ジェームズ・クラベルの小説で、その視点は劇中に登場する英国人航海士、ジョン・ブラックソーンに色濃く宿る。「外国人が見た日本」、つまりジャポニズムも作品の魅力であり、このあたりも今回の「将軍」では意識された。戦闘のスケール感、ゴージャスな着物や甲冑、衝撃的な切腹、素顔を隠す忍びの者...

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など、要所ではケレン味も強調。時代劇の常識を守ったうえで、国際的にアピールしそうな派手なパートも織り込まれた。それゆえに観る者を“選ばない”ポテンシャルが広がる。 製作を手がけたディズニー傘下のFXプロダクションズは、このポテンシャルを早くから認識し、同社史上最大の製作費を投入。 スーパーボウル の中継で「将軍」の予告編を流すなど、宣伝にも大きな予算をつぎこんだ。海外の評では、「 ゲーム・オブ・スローンズ 」を言及するものも目につく。2011年から2019年にかけて世界的人気を集めた同シリーズは、中世ヨーロッパを思わせる世界観で“時代ロマン”の側面があった。「将軍」にはファンタジー要素は皆無だが、お家騒動や各人物の駆け引き、切実な運命が壮大なプロダクションデザインを背景に描かれるという「ゲーム・オブ・スローンズ」の醍醐味を踏襲。同シリーズ終了を残念がった人の心を埋める役割を果たしたとも考察されている。 何より、忍耐や忠義、自己犠牲などのテーマと戦国時代の日本が、これほどマッチすることを、世界の人たちが再認識したのではないだろうか。命の危機にもさらされる運命が、俳優たちの重厚な演技で体現されることで、大きなカタルシスも生まれた。特に8〜9話における鞠子(虎永に仕える英語も話すキリシタン女性)の決意や、最終10話における虎永と薮重(虎永の腹心ではあるが裏切りも画策する)の対峙などに、多くの人が心を掴まれている。終盤にこうして究極の盛り上がりをみせる構成力も、「将軍」の美点であろう。 大きな反響に後押しされ、「将軍」はシーズン2、およびシーズン3の製作に着手することが発表された。脚本もこれから書かれることになるので配信日は未定だが、当然のごとく真田広之もチームの中心で関わることになる。ドラマシリーズの作品賞と主演男優賞で、2度ステージに上がった真田は、先人たちへの感謝を込めて作品賞の受賞スピーチをこう締めくくった。 「これまで時代劇を継承して支えてきてくださったすべての方々、そして監督や諸先生方に心より御礼を申し上げます。あなた方から受け継いだ情熱と夢は海を渡り、国境を越えました」 Text: Hiroaki Saito.

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